桐生編STORY

標なき歩み

「カラの一坪」から繋がる長く狭い裏路地を抜け、神室町の目抜き通りに出るとそれまでとは別世界のような喧騒が桐生を包む。

好景気に沸く人々でごった返す中、独り歩く桐生の前に一台の高級車が音もなく停まる。
後部座席のウィンドウが開くと、ニヤけた男の顔が現れる。

「よう…… 頼んだ仕事、うまく行った?」

「封筒がなくて…… このままでいいすか」

そう言うと桐生はむき出しの札束を男に差し出す。

「構わねえよ。金は金だから」

札束を受け取った男は手慣れた動作で枚数を確認する。
男は金貸しで、桐生は負債者から金を回収するよう「説得」を依頼されていたのだった。

極道であればこの時代はまさに格好の稼ぎ時。
多少の才覚と行動力があれば巨万の富を築くことも、それを元手に裏社会でのし上げることもできるはずだった。

だが桐生に波に乗る才覚はなく、そもそも乗る気にもなれずこんなケチな「バイト」で日々を食いつないでいた。
己の行くべき道を見出せないまま……